【初心者向け】引渡しと明渡し、不動産業での正しい用いり方とは

契約の開始と終了時によく登場する、「引渡し」と「明渡し」という言葉。

用いるポイントも似てれば、コトバの響きも似ていて、どっちがどっちだか分からなくないですか?

この記事では、そんな引渡しと明渡しの違いを、ある一軒家の子供部屋を巡る兄と弟のやりとりを例に、初心者の方向けにご説明します。

この記事を読めば、引渡しと明渡しの違いが分かり、適切に用いることができるようになりますよ!

では、どうぞ。

目次

引渡しと明渡し

例えば、兄Aが独占して使っていた子供部屋を、この度中学受験することになった弟Bが、3月末日まで独占して使わせてもらうことになったとします。

そこには予め、兄Aの机とベッドが備わっていて、弟Bはそこに自分のタブレットと布団を持ち込んで、寝起きしながら受験勉強するとします。

弟Bは無事合格し、約束通り3月末日に兄Aに子供部屋を返したとします。

さてこの場合、「引渡し」とはどういうことを言うのでしょう?

引渡しとは

この場合「引渡し」とは、以下の2つのことを言います。

①.兄Aが子供部屋の支配を弟Bに移し、弟Bが受験勉強生活のために支配できるようにすること

②.弟Bが自分のタブレットと布団を持って子供部屋から退き、兄Aが再び支配できるようにすること

【引渡し】

今まで自分が支配してきた物件などの支配を相手に移し、相手がそれらを支配できるようにすることを言います。

明渡しとは

では一方、「明渡し」とはどういうことを言うのでしょう?

少し細かいですがご説明します。

「明渡し」とは、上記①②の2つのうち、②の「引渡し」のことを言います。

「明渡し」も「引渡し」のうちの1つですが、より限定的に用いられます。

上記②を「物」に着目して細分化すると、下記のようになるかと思います。

・Aの机:BがAに引渡す
・Aのベッド:BがAに引渡す
・Bのタブレット:Bが退ける
・Bの布団:Bが退ける

このうち「明渡し」のポイントは、「Bのタブレット:Bが退ける」と「Bの布団:Bが退ける」です。

Bは「Bのタブレット:Bが退ける」と「Bの布団:Bが退ける」をすることで、この子供部屋から自分の物を無い状態にしています。

「明渡し」とはこのように、自分の物を退けて引渡すことを言います。

【明渡し】

自分の物をすべて退けて引渡すことを言います。

(注)

この記事では、一軒家内の一室が不動産取引の対象となり得るか否かについては考慮しておりません。

「明渡し」における「自分の物を退ける」ことの意味

上記で「引渡し」は①②、「明渡し」は②とご説明しました。

そして①と②の違いは、「自分の物を退ける」というのを含むか含まないかであることを確認しました。

この項では、「引渡し」と「明渡し」を別の視点から見ていき、「明渡し」というもの理解を深めてみたいと思います。

引き続き、兄Aと弟Bの話です。

もし弟Bが、子供部屋を使用するにあたって「明渡し」を求め、兄Aがそれに応じたとしたら、兄Aはどうすればいいのでしょう?

それは以下の2つです。

所有物の撤去による「明渡し」

上記で兄Aは、弟Bに子供部屋を「引渡し」た際、自分の机とベッドを使わせました。

・Aの机:AがBに引渡す
・Aのベッド:AがBに引渡す

でも「明渡し」とは、自分の物を退けて引渡すことでしたね。

そうです!

兄Aがもし子供部屋を「明渡し」するんだったら(明渡すんだったら)、自分の机とベッドを退けなければなりません。

・Aの机:Aが退ける
・Aのベッド:Aが退ける

これが1つ目の方法です。

【所有物の撤去による明渡し】

自分の物を退ける

所有物の譲渡による「明渡し」

もう1つは、兄Aが弟Bに「自分の机とベッドを譲るから、退けるのは免除してくれ」と言い、弟Bが「わかった」と言ってもらうこと、つまり弟Bに机とベッドの譲渡を申し入れ、承諾してもらうことです。

そうすれば、子供部屋の引渡しに際し、兄Aの動産が無い状態での引渡しになり「明渡し」が成立します。

・Aの机:AがBに譲る
・Aのベッド:AがBに譲る

これが2つ目です。

なおこの時、弟Bの承諾がポイントになります。

「明渡し」を約束した以上、兄Aは自分の物を無い状態にしなければならず、退けるのを拒む以上、弟Bとのあいだに譲渡を成立させなければなりません。

弟Bが譲渡を拒んだら、退けるしかありません。

【所有物の譲渡による明渡し】

自分の物を相手に譲る

「引渡し」以上に目的物を強く支配させることになる「明渡し」

こう見てくると、「明渡し」をすると、非常に強い力で相手に目的物を支配させることになるのが分かります。

兄Aは、弟Bに子供部屋を引渡しただけだったら、その後返してくれそうな印象です。

机とベッドは弟Bが支配しているとは言え、それらは兄Aの物だからです。

しかし、もし「明渡し」をしてしまったらどうでしょう?

弟Bはその後ずっと子供部屋を支配し続け、もう二度と兄Aに戻ってこないような印象を受けますね。

「(「明渡し」を含む)引渡し」による占有権の移転

上記の例話で、目的物を戸建や分譲マンションの一室ではなく、不動産取引に馴染まない、一軒家の子供部屋としました。

これには、意図したことがございます。

実は「(「明渡し」を含む)引渡し」を理解するには、一旦賃借権と所有権を遠ざける必要があります。

例えば、「引渡し」をご説明するのに、ある分譲マンションの一室を例にして、「引渡しとは、AからBに賃借権(あるいは所有権)を移すこと」と言えばよさそうですよね。

でも実は、不動産においては、「(「明渡し」を含む)引渡し」によって移転するのは、賃貸借契約における賃借権ではありません。

また、売買契約における所有権でもありません。

上記例話において、随所に「支配」という言葉が出てきました。

つまり不動産において、「(「明渡し」を含む)引渡し」によって移転するのは、目的物を直接支配する権利なのです。

そしてこの権利を「占有権」と言います。

不動産の「(「明渡し」を含む)引渡し」によって移転する権利は、賃借権や所有権ではなく占有権になります。

占有権と賃借権、占有権と所有権

占有権と賃借権が別々になる事例

ではなぜ、「(「明渡し」を含む)引渡し」によって移転する権利を賃借権とか所有権でなく、わざわざ占有権とするのでしょう?

それは、それらが別々になる事例を見てみると理解できます。

まずは占有権と賃借権です。

例えば、XがYから賃借している部屋の賃貸借契約が、月末で終了することになっているとします。

したがってXは、月末までにYに部屋を「明渡し」しなければなりません。

約束の月末になりました。

しかしXはまだ「明渡し」をしません。

結果、Xが「明渡し」をしたのは、翌月の15日でした。

さてこのやうな場合、占有権と賃借権はどうなるでしょう。

答えは、Xの賃借権は月末までで、占有権は翌月15日までとなります。

Xは翌月15日まで部屋を占有(事実上の支配)し続けました。こういう場合の捉え方としては、占有者が占有し続ける以上、「占有権がある」となります。

したがってXは、翌月1日から15日までのあいだ、賃借権は無いが占有権を有しました。

これなどは、占有権と賃借権とが別々になる事例です。

占有権と所有権が別々になる事例

同じように所有権との事例も見てみましょう。

例えば、ある土地を自分の土地だと思ってそこに家を建て、ずっと住み続けたとします。

でもその後何年かして、その土地の真の所有は自分ではなく別の人物であることが発覚しました。

このような場合、その土地に家を建てて住み続けたその人物は、その土地を実質的に支配し続けたわけですから占有権は「あり」になります。

しかし所有権がるのは、発覚した真の所有者のほうですよね。

これなどは、占有権と所有権が別々になる事例と捉えることができます。

ちなみにこの人物が、その後も所有の意思を持ってこの土地を占有し続けたら、やがて時効によってこの土地の所有権を取得することなります。

不動産業の現場における「引渡し」と「明渡し」の正しい用いり方

ここまで、「引渡し」と「明渡し」を正しく捉えるにあたっての、いわば概念的なことを色々見て参りました。

ここからは、私たち不動産業に携わる者が、実際に現場で「引渡し」と「明渡し」を用いる際の注意点を、具体的に見て参りましょう。

賃貸では契約開始時に「引渡し」、終了時に「明渡し」

賃貸借においては、契約開始時に「引渡し」を用いり、終了時に「明渡し」を用いるのが一般的です。

全国の宅建業者の8割程が加わっているとされる、全国宅地建物取引業協会の賃貸借契約書の定型書式も、実際に前に「引渡し」、後に「明渡し」としています。

売買では「引渡し」

売買においては、一般的には「引渡し」を用いります。「明渡し」は用いりません。

ただし筆者は、事業用建物の売買取引において、「売主は、決済・引渡しの日までに、営業を終了し自ら所有する動産を全て撤去して明渡すものとする」といった旨の特約が付された取引を扱ったことがございます。

売買においても、「明渡し」とい言葉が相応しく実情に合っていれば、用いる場合もあるようです。

また売買においては、「契約日」と対比して「引渡し」を用いる場合、鍵の引渡し、残代金の支払い、所有権移転や抵当権の登記申請など、決済・引渡し日に実施するあらゆることをまとめて「引渡し」と言ったりします。

売買取引における「引渡し」と第三者への対抗力

以下は少し難しいですが、余力がございましたらご一読ください。

売買契約に基づき、売主が買主に物件を引渡したとします。

この場合、買主は契約当事者である売主に対しては、「この物件の所有者は私です」とい対抗力があります。

しかしもし別の人物が、「この物件の真の所有者は私です」と言って、その旨の登記を見せてきたらどうなるのでしょう?

この場合所有者は、後から出てきて登記を見せてきた人物のほうになります。

不動産においては、「引渡し」だけでは第三者への対抗力はありません。対抗する為には登記する必要があります。

実は「引渡し」は、その目的物が動産である場合は対抗要件になりますが、不動産である場合は対抗要件にならないのです。

不動産の対抗要件は登記です。

ただし例外もあります。

建物の賃借権においては、賃借人が賃貸人から物件の引渡しを受ければ、賃借人の賃借権は第三者に対抗できるようになります。

登記の必要はありません。

そしてこれなども、借地借家法による賃借人の保護の1つとされています。

まとめ

いかがでしたか?

「引渡し」と「明渡し」は似ていて違いが捉えづらいですが、是非この機会にしっかり区別できるよにしておきましょう!

最後にもう一度、内容を確認しておきましょう。

□「引渡し」

今まで自分が支配してきた物件などの支配を相手に移し、相手がそれらを支配できるようにすること

□「明渡し」

自分の物をすべて退けて引渡すこと

□「引渡し」→「明渡し」

・「引渡し」+所有物の撤去→「明渡し」

・「引渡し」+所有物の譲渡→「明渡し」

□「(「明渡し」を含む)引渡し」によって移転する権利

占有権○/賃借権・所有権ではない

□不動産業の現場での用いり方

・賃貸:前「引渡し」→後「明渡し」
・売買:「引渡し」

□不動産の「引渡し」と第三者対抗

・「引渡し」は対抗要件ではない
・不動産の対抗要件は登記
・例外→建物賃貸借の賃借権は引渡しが対抗要件(借地借家法による)

□動産の「引渡し」と第三者対抗

・「引渡し」が対抗要件

この記事は、以上になります。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

はじめまして。宅地建物取引士のケイヒロと申します。40歳代半ば過ぎに不動産会社に転職し、住居賃貸営業、店舗事務所賃貸営業を経て、今は売買営業をやっています。よろしくお願いします。

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