不動産会社で賃貸のお部屋探し営業をやっていると、お客様に「この物件には抵当権が付いています」とご説明した時に、「えっ!」というお顔をされた経験はありませんか?
抵当権は、不動産の売買営業員や金融機関のローン担当の方々には、非常に馴染み深いものかと思いますが、その実態をよくご存じでない方々にとっては、非常に捉えにくく、また何となく抵抗感を感じるものだと思います。
この記事では、賃貸でも売買でも、不動産の営業員としてまずは押さえたい、抵当権の初歩的な事項について、わかりやすくご説明します。
では、どうぞ。
抵当権を捉えるにあたって
そもそも抵当権とは、どういうものなのでしょう?
その全体像を捉えるには、質権という、似たような権利と比べてみると良いと思います。
また社会生活において、最も身近な抵当権であろうと思われる、住宅ローンを通じて、捉えようとするのが良いと思います。
以下、順番にご説明します。
質権との比較に見る抵当権
抵当権を捉えるには、質権という類似の権利と比較してみるとわかりやすいです。
今仮に、AがBに「お金を貸してほしい」と言ったとします。
Bは、「貸してもいいけど、その換わりに君のパソコンを預からせてもらう。そして万が一お金を返しもらえなかったら、そのパソコンを売って、そのお金をもらう」と言ったとします。
Aはそのことに合意し、Bからお金を借り、一方Bは、Aからパソコンを預かったとします。
この時、Bの「万が一お金を返しもらえなかったら、そのパソコンを売って、そのお金をもらう」という権利を、質権と言います。
そして質権では、その目的物を不動産とすることもできます。
「貸してもいいけど、その換わりに君の家を預からせてもらう。そして万が一お金を返してもらえなかったら、その家を売って、そのお金をもらう」
Bのこのような申し出にAが合意すれば、質権の目的物を、不動産にすることもできるのです。
なお質権では、目的物であるパソコンや家の所有権はAにありますが、それを占有できる権利はBにあります。
質権においては、この占有できる権利が、お金を貸した側(ここではB)にある、という点がポイントです。
では次の例です。
今仮に、XがYにお金を貸してほしいと言ったとします。
Yは、「貸してもいいけどその換わり、万が一お金を返しもらえなかったら、君の家を売って、そのお金をもらう」と言ったとします。
Xはそのことに合意し、Yからお金を借りたとします。
この時、Yの「万が一お金を返してもらえなかったら、君の家を売って、そのお金をもらう」という権利を、抵当権と言います。
そしてこの時、やはり押さえておきたいのが、家の所有権と占有の関係です。
抵当権においては、目的物である家の所有権はXにあり、かつそれを占有できる権利もXにあります。
つまり質権では、目的物を占有できる権利はお金を貸す側に移るのに対し、抵当権では、借りる側に留まります。
抵当権は、最初なかなか捉えづらいるですが、こうして質権と比較的してみると、わかりやすいかと思います。
抵当権の最も身近な例としての住居ローン
社会生活において、抵当権は様々な場面で活用されているでしょうが、その最も身近な例は、住宅ローンにおける抵当権かと思います。
私たちは、住宅を購入しようとする時、現金一括払いは難しいので、一般的には銀行等からお金を借ります。
いわゆる住宅ローンです。
銀行等は住宅ローンとして、30年とか35年という長い期間に渡り、住宅購入者にお金を貸し付けることになります。
万が一住宅購入者が、途中で返済を勝手に止めでもしたら、銀行等は困ってしまいます。
そこで銀行等は、住宅購入者にお金を貸す際に、上記例で言う、「万が一お金を返してもらえなかったら、君の家を売って、そのお金をもらう」という権利、すなわち抵当権を購入者の住宅に設定します。
世の中には、ご自宅を賃貸でなく購入している方々も多くいらっしゃいます。そしてその方々のほとんどが、銀行等からお金を借りるために、自分の住宅に抵当権をかけていることになります。
実は抵当権は、私たちの生活に、とても身近なものであることが解ります。
抵当権における抵当権者・抵当権設定者・担保・被担保債権とは
ここで抵当権に関係する、基本的な4つ用語、抵当権者・抵当権設定者・担保・被担保債権について、確認しておきましょう。
抵当権者と抵当権設定者
抵当権においては、「担保となる不動産を売ってそのお金をもらう」権利を有する者のことを抵当権者と言います。
住宅ローンにおいては、銀行等が抵当権者に当たります。
一方、お金を借りるために、自分の不動産に抵当権を設定する者のことを抵当権設定と言います。
住宅ローンにおいては、銀行からお金を借りる者が所有権設定者に当たります。
担保と被担保債権
抵当権において担保とは、お金を借りている側が、目的物として差し出す物のことを言います。
住宅ローンで言えば、その住宅(土地と建物)が担保に当たります。
また担保を差し出すことで、借り受けたお金のことを、被担保債権と言います。
例えばある方々が、購入する新築住宅(土地と建物)を担保として、住宅ローンで3000万円を借り受けたとします。
被担保債権とは、この時の3000万円を言います。
抵当権の実行と競売
抵当権設定者(お金を借りた側)が、万が一お金を返済できなくった場合、上記例で言う、「万が一お金を返しもらえなかったら、君の家を売って、そのお金をもらう」とういことになります。
そして、担保物件がこのような状態になることを、「抵当権が実行される」と言います。
逆に申しますと、「抵当権が実行される」とは、物件所有者が借り入れを返済できなくなって、その物件が売られることになる」ということです。
不動産の賃貸において、重要事項説明時に、「本物件の抵当権が実行されたら、賃借人は6ヶ月経過するまでに、物件を明け渡さなければならない」といった趣旨のご説明をすると思います。
「抵当権の実行」という言葉の意味合いは、しっかり押さえておきましょう。
なお抵当権が実行されたら、その物件は売られるわけですが、その売り方は、通常の売買と異なります。
競売(ケイバイ)という手段が用いられます。
競売という言葉も、なかなか馴染みが無いと思いますが、英訳してみると捉え易いです。
競売(ケイバイ)とは、英語で「オークション」と言います。
つまり抵当権が実行された物件は、オークションに掛けられる、ということです。
ではその競売は、どこが行うのでしょう?
ここでの詳細のご説明は割愛しますが、競売は裁判所が行います。
なお競売物件の物件情報は、最高裁判所から委託を受けた民間企業が運営する「不動産競売物件情報サイト」というサイトで閲覧することができます。
抵当権のポイント
ここまで、抵当権のおおまかな全体像について、ご説明して参りました。
ここからは、不動産会社の営業員が押さえておきたい、抵当権についてのポイントについて、一緒に見て参りましょう。
抵当権は土地と建物で別々に設定できる
不動産会社の営業員として、抵当権に触れる際、どうしても押さえておかなければならないことがあります。
不動産の所有権に着目した場合に、例えば、親の土地に子の家が建っている場合など、土地の所有権が親で、建物の所有権が子だったりと、土地と建物の所有権が異なる場合が考えられます。
実は抵当権も同じです。
抵当権は、土地と建物で別々に設定できる、というのが前提になります。
住宅ローンの抵当権では共同担保とするのが一般的
ところが不動産売買の実務においては、買主様を抵当権設定者とする抵当権は、土地と建物に対し、一括で設定するのが一般的です。
そしてこの、土地と建物に一括で抵当権を設定するという手法は、上述した抵当権の前提から言うと、違和感を覚えます。
住宅売買だけ、土地と建物に対し、一括で抵当権を設定する、といってような決まりでもあるのでしょうか?
実は、決してそういうわけではありません。
住宅ローンによっては、土地と建物それぞれ別々に抵当権を設定するケースもあります。
購入した土地に注文住宅を建てる場合、つなぎ融資を用いることで、家が完成した後に、土地と建物に対し、一括して抵当権を設定するのが一般的ですが、金融機関によっては、先に土地だけに抵当権を設定し、その後家が建ってから、後から家だけに設定することを、条件としているところもあります。
この場合、土地と建物に対し、別々に設定していることになります。
では、住宅ローンにおける最も一般的な形式である、土地と建物に一括して抵当権を設定するというのは、どういうことなのでしょう?
実は、このような住宅ローンは、「通常、土地は土地、建物は建物で設定される抵当権というものを、2つの財産に対し共同で設定してしまう」という仕組みを採用しています。
このような抵当権のことを、共同担保と言います。
例えば、土地と建物で3000万円の戸建住宅があるとします。
この戸建の土地と建物の内訳は、土地が1000万円、建物が2000万円だとします。
通常であれば考え方としては、土地に1000万円、建物に2000万円の抵当権を設定するところです。
しかし銀行としては、万が一返済が滞った場合に、土地だけ先に抵当権を実行して競売に掛けたとしても、建物が附帯している土地(いわゆる底地)として売り出すことになり、買い手の獲得が難航するであらうことが想像できます。
それであれば、土地と建物それぞれ異なる不動産ですが、抵当権設定者は同一人物なわけですから、土地と建物で3000万円として、抵当権を設定したほうが良いわけです。
そのような背景から、住宅ローンにおいては一般的に、土地と建物を同一の担保とする共同担保が採用されます。
抵当権は登記されるのが一般的
実は抵当権は、1つの不動産について、第一抵当権、第二抵当権…というふうに、複数設定することが可能です。
債務者が万が一返済できなくなった場合、第一抵当権者が優勢して債権を回収できるのですが、もし万が一、第一抵当権者が抵当権を登記しておらず、第二抵当権者が登記していたら、登記していた第二抵当権者が、第一抵当権者より先に、回収できることになってしまいます。
このように抵当権においては、登記していないと、いろいろ不都合が生じます。
したがって一般的には、抵当権は登記されます。
なお住宅ローンにおいては、抵当権者である銀行等は抵当権設定者に対し、抵当権の登記を義務付けています。
抵当権における物上保証人とは
住宅ローンにおいては通常、自らが所有することになる土地と建物に、抵当権が設定されます。
すなわち、担保となる不動産の所有者と、お金を借りる人物が同一です。
ところが実は抵当権は、担保となる不動産の所有者と、お金を借りる人物を別にすることができる、という決まりになっています。
例えばある方が、親の所有地を使用貸借によって借り受け、自分の家を建てようとして、住宅ローンによる借り入れを受けようとしているとします。
この場合銀行としては、土地と建物の両方に抵当権を設定したいところです。
しかしその土地は、お金を借りようとする方の所有地でなく、その方の親の所有地です。
この場合、お金を借りようとする方は、親の同意を得て、親の土地に、自分のための抵当権を設定することができます。
すなわち、抵当権設定者とは別の方が、抵当権設定者のために担保を提供することができる、というわけです。
この時、担保を提供した方のことを、物上保証人と言います。
また物上保証人は、担保提供者とも言います。
この場合もし仮に、抵当権設定者が返済できなくなり、抵当権が実行されたら、抵当権設定者が所有する不動産だけでなく、物上保証人(担保提供者)の所有する不動産も、競売にかけられることになります。
抵当権が付いた不動産は抹消して売却するのが一般的
不動産売買において、売却の対象となる不動産は、大抵の場合、ローンの支払いが完了する前に売り出されます。
すなわち、抵当権がまだ付いている状態で売り出されます。
不動産会社が自ら売主として売り出す物件も大抵そうですし、一般の方が売り出す物件も、築年数がそんなに古くない物件は、大抵住宅ローンが残ったまま売り出されます。
更に不動産売買の買主様は通常、抵当権が付いたまま(ローンの返済が残ったまま)の状態で、物件を買い受けるようなことは、通常しません。
宅建業者が所属する団体が作成している売買契約書の定型書式においても、「売主は抵当権を抹消して物件を売り渡すものとする」旨が記載さらています。
売主様が売り出そうとする物件に抵当権が付いている場合は、まずローンの残りを払い切り、その上で抵当権を抹消しなければなりません。
そして、売り出そうとする物件のローンの残りは、売却によって得た代金で支払われるのが一般的です。
したがって不動産売買の決済・引渡し・所有権移転の日には、売買対象物件の所有権移転登記の手続き、新たな抵当権の設定登記の手続きと同時に、売却によって得た代金からのローン残債への充当、売主の抵当権の抹消も行われることになります。
(注)売却物件の抵当権の抹消の手順の詳細については、この記事では割愛します。
【賃貸】抵当権が実行されたら、賃借人は6ヶ月が経過するまでに物件を明渡さなければならない場合がある
上記でも少し触れましたが、不動産の賃貸借契約において、その物件に抵当権が設定されている場合、宅建業者は、賃借人であるお客様に対し、35条規程で明記されてはいないものの、重要事項説明で必ず説明すべきことがあります。
それは、「抵当権が実行され、競売によってその物件を所有することになった新たな所有者(競落人と言います)が、賃借人に明渡しを申し入れる可能性があり、そうなったら、賃借人は明渡さなければならない」ということです。
ただし新たな所有者(競落人)は、賃借人に対し、「直ちに明渡せ」とは言えません。
所有者が変更後6ヶ月間は、明渡しを猶予しなければならないことになっています。
とは言え逆に言うと、明渡しの猶予期間である6ヶ月を越えるまでには、明渡さなければならない、ということです。
とは言えこの規程が現実的とのるのは、あくまで競落人が、賃借人に明渡しを求めてきた場合です。
そして更に言えば、一般的に、賃貸物件の競落人は、その物件を引き続き賃貸物件として運用しようとする場合が多いとされています。
万が一物件が競売にかかっても、賃借人に明渡しを求められるケースは希であるということは、その重要事項説明において、申し添えしても良いようです。
ご存じの通り、通常は建物の賃貸人(貸主・オーナー)は賃借人に対し、自分のほうから物件の明渡しを求めることはできないことになっています。
なぜなら借地借家法によって、賃借人は保護されるからです。
ところが、抵当権の実行によって競売になって物件を所有することになった新たな所有者(競落人)だけは、賃借人に対し、明渡しを求めることができることきなっています。
(ご存じの通り、通常の所有権移転によって所有権を得た新たな所有者には、その権利はありません。)
ではなぜ、競落人にだけ、そのような権利が認められるのでしょう?
それは賃借権と抵当権がぶつかり合った時に、先に設定された権利のほうが、その権利を主張でき、他方の権利を否定できることになっているからです。
ただしそもそも抵当権については、上述の通り、それを主張できるためには、登記しておかなければなりません。
したがってその不動産に、登記された抵当権が、賃借権より先に存在して場合に、抵当権が実行されたら、後から物件に備わった賃借権は否定されることになります。
また逆にその物件に、先に賃貸借契約に基づく引渡しが成立し、その後から登記された抵当権が付いた場合に、賃借権と抵当権がぶつかり合った場合には、後から付いた抵当権のほうが否定されることになります。
この場合新たな競落人は、賃借人に明渡しを主張することはできません。
またこの場合、賃借権は登記されている必要はありません。
賃借権は抵当権とは異なり、その権利を主張するのに登記しなければならない、ということはありません。
賃借権においては、賃借人が賃貸人から物件の引渡しを受けていれば、それだけで賃借権を主張できることになっています。
(注)この記事では、抵当権者の同意により賃借権に対抗力を与える制度については、割愛します。
まとめ
いかがでしたか?
最初なかなか取っ付きにくい抵当権ですが、実は我々の社会生活において、極めて身近なものであるようです。
この機会に、その全体像をしっかり押さえてしまいましょう。
最後にもう一度、内容を確認しておきましょう。
□質権と抵当権
・質権→お金を貸す側が担保を占有
・抵当権→お金を借りる側が担保を占有
□最も身近な抵当権の例
住宅ローン
□用語の意味
・抵当権者→銀行等
・抵当権設定者→お金を借りるために抵当権を設定する者
・担保→お金を借りるために差し出される不動産等
・被担保債権→抵当権によって借りるお金
□抵当権の実行と競売
抵当権が付いた物件は、お金を借りている人が返済できなくなったら、抵当権が実行され、競売(オークション)にかけられる。
□抵当権のポイント
・抵当権は土地と建物別々に設定できる。
・住宅ローン→共同担保の場合が多い。
・抵当権は登記しないと主張できない。
・物上保証人→お金を借りる者とは別の者の所有不動産を担保にする場合(=担保提供者)。
・抵当権が付いた不動産の売却→抵当権の抹消。
・賃貸物件の抵当権が実行→賃借人は6ヶ月が経過するまでに物件を明渡さなければならない場合がある。
この記事は以上となります。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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