今年2022年の5月、不動産取引においても、宅建業法が改正され、電子契約が可能になりました。
ただし法律テキには可能になっても、今( 2022年8月)の時点では、直ちに実践することができない点があるのをご存じですか?
この記事では、不動産の賃貸取引と売買取引における、本人確認→重説→契約→決済・引渡しという一連の手続きの中で、近年の非対面化・オンライン化の流れを見ていきながら、2022年8月時点で、まだそれが実践できない点について確認します。
では、早速見て行きましょう!
(注)
1.この記事は、2022年8月時点のものであり、記述された内容については、今後の法改正等により、その扱い方等に変更が生じる場合があります。
2.契約を公正証書で行なわなければやらない事業用定期借地契約は、そもそも電子契約は出来ません。
不動産取引の非対面化・オンライン化の流れ
賃貸でも売買でも、不動産会社の営業員としてお客様に物件を内見して頂き、「借ります!(買います!)」となったら、その後一般的には、決済・引渡しまで、下記のような流れで進みますよね。
本人確認→重要事項説明→契約→決済・引渡し
さてこのような流れにおいて、それぞれの手続きの非対面化・オンライン化は、近年どのような推移が見られたのでしょう?
下記にそれぞれまとめてみました。
本人確認における非対面化・オンライン化の流れ
不動産取引において本人確認は、基本的には賃貸でも行うものとされいますし、特に宅地建物売買においては、犯罪収益移転防止法という法律で、その法律規程に基づいて行うこと(取引時確認)が義務付けられています。
そして犯罪収益移転防止法においては、従来からも、非対面による確認方法は確立されていました。
しかしこの方法は、あくまで紙の本人確認書類による確認方法であり、従来は、オンライン上での本人確認は、認められていませんでした。
それが2018年11月の犯罪収益移転防止法施行規則の改正により、オンライン上での本人確認が可能となりました。
なお、この犯罪収益移転防止法に基づくオンライン上での本人確認の技術を、eKYCと言うそうです。
不動産取引の重要事項説明と契約における非対面化・オンライン化の流れ
賃貸でも売買でも、不動産取引の重要事項説明を行う時、また契約を行う時は、従来はお客様に事務所等に来て頂き、紙の書面を使って、対面で行うことが義務付けられていました。
ところが2017年に、国土交通省の判断により、賃貸取引においてのみ、it重説(オンライン重説)が認められ、非対面での重要事項説明が可能となりました。
そしてそれに遅れること4年、売買取引においても、it重説(オンライン重説)が認められるようになりました。
とは言えこの時点では、重要事項説明書や契約書はもっぱら紙の書面でなくてはならず、その書面への署名・捺印(記名・押印)も、必然的に、その書面に直接施すものである必要がありました。
それが2022年5月の宅建業法の改正により、書面の電磁的方法による提供(書面をPDF等にしてメール等で送信すること等)や、電子署名(電子書面に電磁的に署名すること)が可能となりました。
すなわち電子契約が、可能となりました。
(注)
法律の専門家の方々の見解によれば、そもそも重要事項説明書への署名・捺印(記名・押印)義務は無いそうですが、商習慣がそのように形成されており、また取引の安全性を鑑みると、署名・捺印(記名・押印)が望ましい、としているようです。
不動産取引の決済・引渡しにおける非対面化・オンライン化の流れ
不動産取引の決済・引渡しにおいては、賃貸取引では、管理会社等が費用の着金を確認し、鍵を渡せばそれが完結します。
よってそもそも、非対面化がどうだとか、オンライン化がこうだとかいうハナシではないようです。
一方、売買取引においては、従来からの商習慣として、買主様が融資を受ける金融機関に売主様、買主様、売主様側仲介業者、買主様仲介業者、司法書士が集まって、主に下記のような手続きを行います。
・買主様の融資の実行と売主様への支払い
・司法書士による登記関連業務
・司法書士による売主様・買主様への本人確認
このうち、1つ目の買主様の融資の実行と売主様への支払いについては、金融機関によるオンライン本人確認(eKYC)の導入や、オンライン決済システムの導入により、買主様が金融機関に足を運ぶことなく、非対面、オンラインで可能なケースも増えてきました。
また2つ目の司法書士による登記関連業務は、オンラインと郵送を用いて、非対面で行うことができるようです。
ただし3つ目の司法書士による売主様・買主様への本人確認については、慎重に見ていく必要があるようです。
最近は司法書士事務所においても、上述した本人確認技術のeKYCを導入したところもあり、犯罪収益移転防止法に基づく本人確認については、紙による本人確認書類を用いず、オンラインで出来るところもあるようです。
とは言え、司法書士の本人確認業務は、犯罪収益移転防止法に基づく本人確認とは別に、意思確認等まで踏み込むとされる、職責に基づく本人確認というものがあるとされています。
そして司法書士によるこの職責に基づく本人確認は、お客様によっては、非対面・オンラインでの実施が難しい場合があるようです。
整理しますと、不動産売買の決済・引渡しにおいては、買主様の融資実行と売主様への支払いや、司法書士の登記関連業務や犯罪収益移転防止法に基づく本人確認になど、部分的に非対面化・オンライン化が可能になってきていると言えそうです。
不動産取引の現場実務において、非対面化・オンライン化がまだ実践できない点
以上見てきた通り、近年においては、不動産取引においても、多くの場面で非対面化・オンライン化が可能になりました。
そしてその中には、法律テキにも現場実務テキにも可能になったものも、もちろんあります。
しかしその一方で、「法律テキには可能なんだろうけど、現場で実務を行う上ではちょっと難しいなあ…」というものもあります。
以下に、現場実務においては、非対面化・オンライン化がまだ実践できない点について、見ていきましょう。
eKYCによる本人確認は、勤務先の宅建業者がそのシステムを導入しないと、現場営業員はそれを実践出来ない(宅地建物売買)
上述した通り、宅地建物売買における犯罪収益移転防止法に基づく本人確認(取引時確認)は、非対面でも可能です。
しかしそれが紙の本人確認書類を用いずに、オンラインで完結させるとなると、eKYCという技術を用いる必要があります。
eKYCの技術を導入するには、それなりの費用を要します。
したがって、それぞれの宅建業者がeKYCを導入することで、その従業者である現場の売買営業員は、eKYCによるオンライン上での本人確認を行えるようになります。
なお、犯罪収益移転防止法に基づく本人確認(取引時確認)の非対面での個人の確認方法に、「1枚に限り発行される本人確認書類の画像の送信」というものがあります。
一読すると、例えば運転免許証の画像を、お客様から会社のパソコンにメール送信して頂き、転送不要郵便で取引文書を送付すれば、本人確認が完結するように読めます。
ところがこの方法においては、宅建業者側が、画像の加工等が出来ないソフトをまず用意し、お客様にはそのソフトを用いて画像送信して頂く必要があるようです。
したがって、宅建業者に従業する売買営業員がこの方法で本人確認を行うためには、その勤務先の宅建業者が、やはり画像加工出来ないような、それ用のソフトを導入する必要があります。
電子契約は、勤務先の宅建業者がそのシステムを導入しないと、現場営業員はそれをお客様に提供出来ない
上述した通り、2022年5月の宅建業法の改正により、法律テキには電子契約が可能となりました。
しかし実務においては、直ちにそれを実践できるかと言うと、実はそうではないようです。
仮に電子契約というものが、例えば契約書のPDFデータをお客様にメール送信し、お客様には、PDFに標準機能として備わっている署名機能を使ってご署名頂き、それを返信して頂くことで完結するものであれば、宅建業者に従業する各売買営業員も、速やかに電子契約を実践できます。
しかし法的に有効とされる電子契約は、そのような単純なものではないようです。
法的な有効な電子契約とは、例えば、そこに施される電子署名が、電子署名法という法律に則ったものである等、様々な規制をクリアしたものである必要があります。
実務においては、下記2つのうちいずれか1つを満たす必要があるとされています。
【法的に有効な電子契約の種類2つ】
1.その電子署名が、電子認証局というところが事前に本人確認をしたうえで発行した電子証明書を利用し、本人だけが利用できる環境で署名されたものであること。
2.その電子署名が、電子契約サービスを提供する事業者が署名当事者の指示に基づいて、立会人として電子署名を付与したものであること。
なお、これら2つには、それぞれ下記のような名称が付いています。
【電子契約の名称2つ】
上記1.⇒当事者署名型
上記2.⇒立会人(事業者)署名型
また、上記2の立会人(事業者)署名型における「電子契約サービスを提供する事業者」には例えば、NXワンビシアーカイブズ、GMOグローバルサイン・HD、ContractS、サイトビジットなどが挙げられます。
更に、上記2の立会人(事業者)署名型においては、認定タイムスタンプというものを用いて、非改ざん性を補強することが望ましいのされています。
したがって、宅建業者の従業する売買営業員が、法的に有効な電子契約をお客様方に実践して頂くには、勤務先宅建業者が、それに必要なシステムを導入する必要があるります。
不動産売買の決済・引渡しに伴う司法書士の職責に基づく本人確認は、非対面化・オンライン化が難しい場合がある
上述した通り、不動産売買の決済・引渡しにおける司法書士の本人確認には、犯罪収益移転防止法に基づく本人確認に加え、職責に基づく本人確認というものがあります。
そしてこの職責に基づく本人確認は、非常に重い職責を伴うものであるようです。
よって司法書士が職責に基づく本人確認を遂行するにあたっては、仮に所属事務所でeKYCを有している場合であっても、対面(面談)による本人確認を実施するケースがあるようです。
eKYCによる本人確認では、司法書士の職責に基づく本人確認を遂行したとは言えない場合があり、そういう場合に対面(面談)を実施するようです。
GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社と全宅連が電子契約システムを共同開発
お勤め先の不動産会社が宅建協会に所属している方々は、既にご存じかもしれませんが、電子契約・電子署名業界大手のGMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社が、全宅連と業務提携しました。
GMOインターネットグループ株式会社のホームページ内で閲覧できる、GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社のお知らせ記事によれば、業務提携することで、全宅連傘下会員10万社に向けて、クラウド型の電子契約サービスを活用した電子契約が可能となるシステムを共同開発するそうです。
これにより宅建協会に所属する宅建業者は、業者単体で法的に有効な電子契約システムを導入しなくても、全宅連が提供するシステムを活用すれば、お客様方に、法的に有効な電子契約による契約を提携できるようになります。
上記で、不動産取引の現場実務における非対面化・オンライン化の「壁」として、下記3つを挙げました。
1.宅地建物売買の本人確認⇒会社がeKYCを導入しないと、現場営業員はオンライン本人確認を実践出来ない。
2.契約等⇒会社が電子契約システムを導入しないと、現場営業員はお客様に電子契約を提供出来ない。
電子署名に基づく電子契約は、勤務先の宅建業者がそのシステムを導入しないと、現場営業員はそれをお客様に提供出来ない
3.不動産売買における司法書士の職責に基づく本人確認⇒非対面化・オンライン化が難しい場合がある。
宅建協会に所属する宅建業者の従業者様について言えば、これら3つのうち2つ目の「壁」は、クリアできる見通しと言えそうです。
まとめ
いかがでしたか?
不動産賃貸及び売買の現状をお客様側から見た時、現状では、不動産売買における司法書士の職責に基づく本人確認を除けば、概ね非対面化・オンライン化の道筋は出来上がったように思われます。
不動産業者の現場営業員の立場としては、扱う物件の種類やお客様(貸主様・借主様・売主様・買主様)のタイプ等によっては、非対面やオンラインの手法を用いるほうが良い場合もあれば、用いないほうが良い場合もあると思います。
とは言え、非対面化・オンライン化に向けての法改正や業界動向は、ある程度押さえておくと、何かと好都合かと存じます。
この記事が、少しでもお役に立てば幸いです。
最後にもう一度、内容を確認しておきましょう。
□本人確認(宅地建物売買)
会社がeKYCを導入しないと、現場営業員はオンライン本人確認が実践出来ない。
□契約等
会社が電子契約システムを導入しないと、現場営業員はお客様に対し、電子契約を出来ない。
□司法書士の職責に基づく本人確認(売買)
非対面化・オンライン化が難しい場合がある。
□GMOグローバルサイン・HDと全宅連による業務提携
全宅連傘下会員10万社は、クラウド型の電子契約サービスを活用した電子契約が可能となる。
この記事は以上となります。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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